闇と光の相関性

パパンです。
闇と光と書くと、その印象は文字通り、まるで正義と悪魔みたいな相反する要素が別々に存在する感じが一般的な印象ですよね。闇は「悪」であり、「先が見えない不安・混乱」であり、「破壊」であり、「不調和」だったり。

反対に光は、「善」であり、「安心・平和」「想像」「調和」とか。
まぁ印象で書くと他にも色々とありますので、省略します。めんどくさくなったので^^

あくまで、自分が考えるところですが、もしかしたら何かの本で読んだ記憶なのかもしれませんし、直観や、チャネリング的なメッセージなのかもしれません。只、根源はどうあれ、今現在、これが最も真実のように強く感じているところをここに記します。

まず、シンプルに、闇と光は二分されるものでは無い。単なる黒から白へのグラデーションの移り変わりであって、それを「闇」か「光」か、又は「善」か「悪」かと判断するのは、グラデーションの中の一部だけを抽出し、それを「単色の白、又は黒」と決めつけちゃうようなものですね。

極めて黒に近いグレーな時もあれば、ほとんど白に近い薄いグレーもあります。
漆黒の夜から朝日を迎える時も、夕暮れから夜に変わる時も、全て、自然と穏やかに時が流れ移り変わっていきます、そんな感じですね。

つまり、夜も昼もありません。
あるのは、「1日の流れ」であり、切り取った瞬間の違いに過ぎません。
悪人も、善人も、同じですね。誰もが向かうべき方向への過程であり、嫌な奴だの良い人だのとレッテルを張る瞬間は、コロコロと転がる大きな「玉」が地面に接した(触れた)箇所だけで、その玉の大きさを判ったつもりになっちゃったみたいなねw

では、闇と光。そのグラデーション自体は一つの「進化の過程(スケール)」ですので、どっちが良いとも悪いとも言えません。只、ではそのグラデーションはどこに向かうのか。
何のためにその過程があるのかというところですが・・・・。

そのグラデーションが描かれているキャンパスの色が答えだと思っています。
純白の白であり、「善」の象徴、「白色」ですね。
光と闇という区別があっても、大元は純白の「善」であり「光」が根源のようです。
人間も同じで、全て、本質的には「光」であり、「善」に向かう存在なのでしょう。
「性悪説」というのは存在せず、「性善説」しかこの世界には存在できないということです。



では、「闇」とか「悪」とは何か。
単純に「光の欠如」であり「光の不在」であり、「愛の不足」「善なる衝動に対しての無関心」ということです。つまり、「闇や悪」というものが存在する訳ではなく、「光が不在」なだけ、「愛や光が無活動に近い状態なだけ」と言えます。

悪とか闇なんて根源的には無くて、只、愛と光があるだけです。
それが大きな炎となっているか、小さな灯となって風に揺らぎ、消えそうになっているかの状態の違いでしかありません。

だとすれば、では嫌な人。
悪人とか、とっても自分勝手で自己中心的な人に対して、どうすれば良いのかということですが、本質的に「悪」や「闇」は無く、只、「愛や光の不在」だと知れば、出来ることは「愛や光で存在」すること、向き合うことに限られてきます。愛を持って、光で包み込むように向き合うことで、消えそうな小さな光であっても、風で消えてしまわないように愛の両手で守ることができます。


もしも、「愛と光」がとっても小さくなっちゃった方。
人を傷つける方。強欲で自分勝手で、人を苦しめる方が居たとしても。
利己的な自我に振り回されている方に対して、同じように憎しみや、怒り、恨み等の敵意で向き合うならば、そんな自分も「愛と光が不足している状態」の自分になっちゃいます。

傷つけられた方、苦しんだ方を慰め、優しく励ましてあげて、少しでも心を癒してあげられたならば、同じ思いやりを、「傷つけた方」にも同じサイズで向けてあげなきゃいけないですね。

悪い事をやったのであれば、それはそれで行為の責任は求めます。
でも、人間として、その方の本質は大小の違いはあっても光であり善なのだから、その方の存在を咎めたり、裁くことは出来ないことになります。

これは、他人に対してだけでは無く、当然、全て自分に対しても当てはまることです。
心の迷いで悪い事をしてしまった、人を傷つけてしまったとしても、それだけで自分の事を裁いたり、責めたり、後悔し続けるのは、自分の「光」を小さくしてしまい、愛を不在に追い込むこととなります。

人に対しても、自分に対しても、どちらもね。
母親が小さな赤子を抱きしめるように、愛しく、優しく、暖かく、光で満たしてあげたい。
そんな自分になりたいですね。

おしまい^^
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コメント

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papanさまへ

闇と光の相関性について教えて頂いて、ありがとうございます。何度も読み返していると、不安から解消され自分が目指す方向へ導いてくれるような温かい気持ちになりました。

わたしの勝手な妄想ですが「天国と地獄」は、あの世に存在しているのではなく、今、この生きている現在の中に存在していて、人は皆、どちらも行き来しているのだと。善行があれば日常は天国、悪行があれば牢獄や罰を受ける地獄。そして、その存在に気づき、今世で徳を積む努力を惜しまなければ来世も天国で幸せな日常を送ることができる。死んだら天国に行くとは、すぐに生まれ変われるということ。地獄へ落ちるとは、死んだことにも気づかず、不平不満に支配され魂が闇をさまようこと。そんな妄想で死に対する不安が消えて、「どう生きるか」に目を向けることができました。最近特に強く感じるのは、自分で自分を愛情たっぷり満たすこと。これができるようになれば、魂が輝きその光で愛する人達も一緒に光り輝くのではないかな?と感じております!

私の勝手な妄想話を聞いてくださり、ありがとうございました(>_<)ゞ
お礼に、
日清焼そばU.F.Oの名前に込められたメッセージをお伝えします🎵
U.=うまい F.=ふとい O=大きい

ps.きゃりーぱみゅぱみゅに正式名称があったなんて( ´艸`)カミカミで言えません(笑)

Re: papanさまへ

こんばんは、まんまぷっしょんさん^^
ご返信が遅くなっちゃって、本当にごめんなさい。

どう生きるかに目を向ける事。もう、ホントにそれのみですね、深く同感しています。

そしてね。ぷっしょんさんが書いてくれた言葉で、僕が最も感動したところがありまして。

>最近特に強く感じるのは、自分で自分を愛情たっぷり満たすこと。これができるようになれば、魂が輝きその光で愛する人達も一緒に光り輝くのではないかな?と感じております!

↑以前、僕はぷっしょんさんを「灯台のよう」と書きましたけど、もしかしたら知っているかもしれませんが、多分、ぷっしょんさんも僕も「ライトワーカー」だと思いますよ。お書きになられたところは、まんま、ライトワーカーの生き方であり、決して妄想では無くて、実は「魂」がそのような生き方を求めていらっしゃることに気づいている、又は気づきつつあるのだと思います。
元々、そのような道を歩む契約をした、「今生での役割」でもあり、「使命」とも言えます。

僕自身は、そのような「ラベル」といいますか、名称は今までも使っていないのですが、もしもお時間ある時にでもね、「ライトワーカー」で検索してみてください。
心当たりある事ばかりですよ。ああ、こういうことだったんだと、ストンと腑に落ちると思います。

僕とぷっしょんさんのつながりというのは、同じグループの絆みたいなものなんですね。
なんか、とっても嬉しくなりました^^

焼きそばUFOに込められたメッセージ有難う御座います。
日清がUFOについての情報を隠蔽してきた闇の組織イルミナティと関係しているのでは?と心配してきましたが、UFOは関係なくて、「うまい、太い、大きい」の略だったのですね。

有難う御座います。安心しましたw

papan0205さまへ(感謝)

お引っ越しのおめでとうございます🎵
お忙し中、コメントへのご丁寧な返信ありがとうございましたぁ✨

『ライトワーカー』検索しました😊
私がライトワーカーだとしたら、なんて幸せな使命でしょう😆✨嬉しすぎて心がウキウキしちゃいます🎵
今まで、人と変わってる自分は、頭のおかしな人かも…?なんて思ってましたが、これからは、素直に感じたことを自分で受け入れて、今まで通り、自分と家族、大切な人、そしてみんなの幸せを願い続けていいんだって勇気が出ます✨
素敵な名前を教えて頂いてありがとうございます🎵
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