プロフィール的な、自分の事。

パパンです。
最近はスピリチュアルな記事の更新が多くなってきましたね^^
正直、自分でも、心配なところもあります。ここまで書いちゃって良いのかなーって。僕自身が、どう思われるのか怖いんでしょうね、きっと。どうしちゃったの?ってね。

それはそれで、しょうがないと思う反面、けれども、せっかくだから、プロフィール的に、今までの僕の人生について書こうかなと思います。今更ですが^^ 只、あまりにも長くなっちゃうので、簡略化して記載しております。ちよっと怖い話もあります。

最初の頃の記事に書きましたが、いじめっ子だった僕は、尊敬できる友人や、先生と会い、こんな自分を変えたいと望みました。同時にね、罪滅ぼしのつもりで、少しでも人の役に立ちたいと強く望むようになり、偶然、北海道カウンセリング協会の会長と知り合いまして、本物のカウンセリングを学ばせて頂く機会を得たんです。

そして、多くの仲間と出会い、机上の論理や、心理療法ごっこではなく、あくまで目の前で本当に苦しまれている方と向き合う、真剣・命がけのカウンセリングを学ばせて頂きました。只、僕自身は他の方々と比べたら、全然ヒヨッコですので。一人前とは程遠い自分です。それは今でも変わりません^^

その後、多くのクライエントと会い、時には、イメージ療法という、いわば催眠療法も行っていたのです。そんな中、女性のOさん(仮名)と出会いました。Oさんはうつ病を患っており、リスカ、ODは当然ながら、自殺衝動が抑えきれない危険な状態でした。かといって、緊急入院も困難な状況だったのです。

これはまずいと思って、緊急処置的に自宅の僕の書斎で、催眠療法を行ったんですね。



Oさんが深い催眠化に入った時。
その時のレベルでは、人物とか、建物とか、そういうものはまず出てこない程の深層レベルです。出たとしても、イメージとか何かの象徴・シンボルという形が普通は一般的なんです。

ところがですね。有り得ない事なんですが、Oさんは突然、
「白装束の女性が立っている・・・」って言うんですね。

で、急に「悪魔が出た」みたいなことを話した途端、家中の電気が全て消えまして。
ブレイカーが突然落ちたんです、バチーンと。びっくりしますよ、ホント。

真っ暗闇の中での催眠療法でしたが、ここで止める訳にも行きませんし。

Oさんに、では、白装束の女性は今、どうしているの?と聞きました。

Oさん
「手のひらを下に下げてこちらに向けている・・両手首に大きな傷跡があって・・泣いている・・・」と。


うーん・・。どうしようかなと困っちゃいましたが、とりあえず、何にせよ、では白装束の方は何をあなたに伝えようとしているの?話を聞いて、貴方も話をしてみて下さいと促しましたね。その後も色々と有ったのですが、それは止めときます。

幼い頃から、僕自身、霊的存在による不可解な出来事は色々と有りました。故に、そんなに驚きはしないのですが、只、心理療法の過程において、心や魂と「霊」は何らかの関係があると強く思うようになりましてね。

ロジャースも晩年は、スピリチュアル的な見解も述べているし、ユングも、ジェンドリンも、名称・解釈こそ若干違えど、どうにも物理法則では説明できない未知なる魂の存在を認め、追求しています。

その頃ね。多重人格障害の方々と知り合いになりまして、元々は心理療法を主に行っていたのですが、どうにも、違う感じの方も多く居るように感じたんです。

つまり、霊的な何らかの障害によって、本来の自己を見失っている方々ね。当時は精神分裂症、今は、統合失調症とも言われており、勿論、色んなケースもありますので、一概には言えません。只、多くのスケールに当てはまらないのです。

自分は無力すぎる。
この方々に、少しでもお役に立てるように、どうしたら良いのかな?と真剣に悩みましたね。そして、出た結論は、霊的な障害や事実が多いならば、では、霊的な問題解決を行えるように、援助すれば良いという単純な発想です^^

まあ、かなり省略して書いてますので、本当はもっと色々とありましたが。

そこに行き着いた時、急に霊的な学びを求める意欲が異常に高まりまして。

多分、それらも全て、導かれていたと思いますが、霊に関する専門書の数々を凄まじい勢いで読みふけってしまったのです。それは今でも続いています。

一般的なオカルト・心霊モノではなく、なぜか、「これを読みなさい」と指定されたような本ばかり。後で気づいたのですが、全て、自動書記や直接書記、或いは、信用ある霊媒に、高級霊から届いたメッセージをまとめられた本ばかりでした。

世界の三大霊訓に始まり、バシャールやホワイトイーグル、500に及ぶあの世からの現地報告、魂との対話他、高級霊からの通信と思われる著作多数。

その全てが、発行された年代も著者も違うのに、意味において全くぶれておらず、まるで、全ての霊が話を合わせているかのように、共通した真理を説いております。矛盾や相反する内容が全く無いのです。又、特定の宗教に肩入れしたような本は一冊も有りません。

何故か、人が創作した著作、宗教本は余程の内容でない限り、読む気になりませんでした。その代り、上記に記したような通信を記した本は、何十回でも読んでしまいます。

結局、僕の後ろにいらっしゃる、通信を届けてくれる霊の皆さんから、まずは正しい霊の世界・真実を学びなさいという導きだったのです。

専門書で足りない部分の補足については、後ろの皆さんがいつも教えてくれます。又は、本に書かれた内容が判らない時とかもね。僕の霊性が満たない故に、まだ判らない事については、その旨も教えてくれるんです。

非常に長くなってしまいましたが、僕が記載している事は、僕の創作では無く、(判りやすく例えたりはしますが)現在残されている貴重な文献、資料、及び、僕の後ろの皆さんからの通信によるものが大半です。特に、霊的な事はね。

ですので、かなり突飛な内容に思われることも書くかもしれませんが、
ご自身の理性と「心・魂」において、正しいかどうか吟味して頂ければ幸いです。

おしまい^^ なんか、すっきりしましたw
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コメント

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パパンさんがウエイターとして、今こうして伝えてくださっていることに、心から感謝しておりますi-189

人の苦しみに向き合うのは、簡単なことではありませんし同情や慰めだけでは、その人の心に寄り添うことはできないし、自分には、どんな言葉をかけてあげたらいいのだろう?と思い悩むようなコトに対しても、救いの言葉を導きだせることの素晴らしさに心が熱くなりました。

わたしは、パパンさんのブログを通じて、今まで知りたかったことを教えていただき、心の変化を感じています。

自分の人生の中で、どうしても避けられない事実を受け入れる気持ちも心の準備もできてきました。

わたしの母は、わたしが物心ついた時から精神分裂症でした。幼い私がみても、母なのか?と思うほど不思議なことでした。

誰かに、産後の肥立が悪かったんだろうと聞いて、子供の頃は、わたしが生まれたからお母さんがあんな風になってしまった。わたしのせいだ。と自分を責めることが強くありました。
18歳になって、ふと、母は私が将来なるべき病気を全部身代わりに引き受けてくれたんだ。わたしは、誰よりも母に愛されていると思うことで救われた気持ちになりました。
20歳の時、母が危篤になり、病院に泊まり別れを覚悟して、一晩中、母の手を握っていました。誰もが不思議と思うほど、翌日母は意識を取り戻し、何事もなかったかのように普通に戻りました。その時、母に私がわかる?と尋ねたら『うん』と頷いてくれました。
わたしは6人兄弟の末っ子です。母に私の名前を尋ねると、間違うことなく答えてくれました。

母と、今まで普通に会話をしたことがありませんでしたが、その時だけは、母と話してると感じました。

わたしは、いつか母のように自分がなるのではないか?という恐怖から抜け出せませんでしたが、パパンさんのお言葉から、私が望まなければ、そうならないと確信できました。

話が長くなってしまってすみません。
今まで、誰にも打ち明けられなかった胸の中の重たい荷物をやっと降ろすことができました。

やはり、パパンさんのブログに私は導かれて来たのですねi-189
わたしが今感じている温かい感情と想いは、今までのわたしには、届きませんでした。
やっと、受け取れて幸せです。e-68

まんまぷっしょん さんへ

こんばんは^^ まんまぷっしょんさん。
貴方のコメントをね、目をつぶって何度も読んでいると、涙が流れます。
言葉にならないところなんですが・・。

とても強く想うのは、貴方が抱えていた心の荷物。幼い頃から、胸の奥にしまい
込んでいたあまりにも深い悲しみは誰にも言えずに、小さな膝を抱え、
一人で泣いていたことでしょう。

今ならば、もうお分かりかと思いますが、、産後の肥立が悪かったからとか、
そんなことは全く関係の無い事です。昔の方は、よくそのような言葉を使いますが、
親を想う子供の心に、どれほどの痛みを与える、傷つける言葉なのか。

子供は、どんなに親に腹が立っても、時に、親に対して憎らしく思う時があっても、
魂の底では、親をね。決して憎めませんし、どんな親であっても愛されたいと
望むものです。

故に、子供はね、全て、自分が悪いからなんだと、親を責めずに、真っすぐな心で、
自らを憎んでしまいます。幼い子供ならば尚の事ね。

まんまぷっしょんさんがね。
病院で、手を握りながら一晩過ごし、翌朝、お話しされたでしょ。
その時は、「母」を感じられたとお書きですが、それは本当にそうだと思います。

病気だった時も、確かに、お母さんですし、翌朝、貴方の名前を言ってくれた母も
貴方のお母さんです。まんまぷっしょんさんが産声を上げて、大きな泣き声で
一番最初に抱き上げてくれたその時のお母さんから、いつだって変わってはいません。

霊であるお母さんはね、ずーっと、何も変わってはいないのですが、
霊であるお母さんからの指示を脳が聞き、それを体への指令として、或いは
感覚として体をコントロールする機能に障害が出たということです。
根本の霊であるお母さんは普通に感じ、思考し、話も当然出来ます、いつだってね。
これからも変わりません。


>わたしは、いつか母のように自分がなるのではないか?という恐怖から
>抜け出せませんでしたが、パパンさんのお言葉から、私が望まなければ、
>そうならないと確信できました。

器質的遺伝性等、そんなものは無いと思いますよ。
あくまで可能性の推測に過ぎず、こじつけられた根拠みたいな医学的な解釈も
多いですが、そもそも、心の病一つとっても本質的な解明には至っておりません。

全ては、意識の本質である「霊」にあると思います。
霊の意志であり、霊のカルマであり、霊は、仮に現世では家族であっても、
霊自体に遺伝的素因は一切ありません。
あるのは、類似性による引き寄せであったり、或いは、霊界側から、霊としての
学び・向上を図るための意図もあり、皆さんの意思も有って、家族として巡り
合ったのでしょう。

苦しむために、現世に来たわけでは無く、「本当の幸せ」を得るために、近づく
ために皆さん、家族として出会っているということですね。

「本当の幸せ」とは、偽りの無い、魂の誠実さ、愛と奉仕が生き甲斐となる
精神性の高さがあって、初めて、些細な事さえも、愛しく思える日常となります。
そうなるために、そこに近づくために、魂のリハビリテーションとして、
色んな苦労とか困難とか、悲しみとかね。そういうのが当然起こります。

いつも笑顔でね。何か迷うことが有ったらね、
「あれ?今回のこれは、何を学ぶ為に発生したのかな?」って考えてみると
良いですよ。よく判んなかったら、あせらずに、のんびりと魂に耳を傾けると、
自然と教えてくれます。

魂のカンニングですね^^ 只、答えは教えてくれますが、それを実践するのは、
ご自身の意志となります。自分の意志故に、手にした魂の宝物は決して
色あせることなく、失うこともありません。

これは抽象的な表現では無くて、そうとしか表現できない事実ですので。
まんまぷっしょんさんは、その「感じ」はお判りだと思います^^

貴方の胸にある温かい感情と想い。一度、魂がそれを実感したらね、
これも決して忘れることはありません。静寂の心で、いつでもそこに戻るならば
貴方を導き、いつも支え、守ってくれる方の声や意思がいつでも側に有ります。

身近な方や、顔も知らない方もおります。
でも、貴方の為に役に立ちたいと願い、それを買って出た霊の方々ですね。
沢山の方がおりますよ^^

>やはり、パパンさんのブログに私は導かれて来たのですね

僕が、そうなのかもしれません。というか、恐らく、必要な時に、必要な出会いと
して自然発生的にお互いに引き寄せ合った縁なのでしょう。

何故ならば、僕も、沢山のことをね、貴方の言葉や想いから、生き方から、
心が洗われたり、自らの心に気づかされたりと、両手いっぱいの宝物を頂いて
おりますので^^ 勿論、多くの皆さんとの出会いも、必然的な縁だと感じています。

いつも、ありがとうございます^^ 返信が長くなっちゃってすみませんw

パパンさん、ご丁寧な返信をありがとうございます。
心が解けていくような穏やかな感覚に包まれましたi-189
長い間、ず~っと、誰にも言えず、他の方には理解しがたい苦しみを抱えて生きてきたと思い込んでいましたが、パパンさんの言葉を何度も読み返すうちに、今までの苦しみに対してまでも、感謝の気持ちに変わりました。
この苦しみや試練がなければ、今こんなにも愛おしいと思える日常を過ごすことなんて、なかったと思います。

生きててよかった~。
と心から思えるうれし涙でいっぱいです。
魂で語り合えたような瞬間をありがとうございますi-189

まんまぷっしょん さんへ

こんばんわでございます^^
返信が遅くなっちゃって、ごめんさない。理由は、今日の記事を読んでね^^

愛おしいと思える日常、そして、生きててよかった~と心から思える実感。
本当に素敵です。僕はね、まんまぷっしょんさんの笑顔と、大きな肩の荷を下ろして、
本当の魂のままに、自由に、思いっきりのびのびと生きられる姿を想像するだけで
貴方に負けず劣らず、とってもとっても嬉しくなります。

まんまぷっしょんさんの幸せな気持ちと同じだけ、僕もとっても幸せになります。

生きていれば、色んな事あります。僕にも、まんまぷっしょんさんにもね。
泣いたり、笑ったり、時には、とっても苦しい事もあるかもしれませんが、
それでも、そのまんまの想いを、魂に刻んで、お互いに魂を耕していきましょうね。

僕がいずれ死んだ時。体の身体機能が停止した時ね。どちらが先かは判りませんが、
僕が先ならば、必ず、挨拶に行きます。僕だよ、まんまぷっしょんさん。
元気にしてました??ってw

勿論、この現世ではなく、霊界でね。
その時に、コメント欄で話したこと事を、想いで話として、語り合いましょうね^^