「聴く」という事③

パパです。子供たちへ。
聴くという事②の続きです。話が飛んでいるけど、まぁそこは勘弁してね。
「聴く」ということをとても強調してきましたが、もう少し、大切な事を補足しますね。

①聴く時は、言葉の中の単語や、文節に捕われない。
一つ一つの言葉を抽出するような聴き方では無く、全体の心の流れを感じようと努める事です。
言葉や単語、文節に耳を傾けたところで、言葉のあら捜しのようなもの。

全日本カウンセリング協議会のワーク等では、いちいち、同じ「言葉」に重点を置いて、万が一、違う言葉を使おうものならきっぱりと訂正を求められます。※同じ意味であってもね。僕的には、正直、そんなところはどうでも良い話です。

まぁ、初歩的なオウム返しのような印象ですが、勿論、意味はあるのでしょう。同じ言葉を用いるならば、クライエントが解釈し、表現したものと全く同一に共感しているような印象を作れますので。

つまり、「聴いてくれている」という印象ね。
でも、これは、「聴いている振り」の技術に過ぎず、苦しい想いの方が一番理解して欲しいこと、感じてほしい想いと大きくずれる場合も有るんです。クライエントが使った言葉は必ずしも、心中を的確に表現した言葉とは限らないのです。

出来る事ならば、自分の言葉で、その「意味」において、「そう、その通りです」と実感して頂けるような言葉で伝えて下さいね。



②言葉の内容に捕われないこと。
上記①で書いた「言葉」とは違い、「内容」に捕われないということです。
例えば、「死にたい」と相手が話した場合。
ここで、アタフタして、何とかしないと焦らないでくださいね。

そもそも、相手の「死にたい」という言葉は、
「死んでしまいたい位の気持ちだ」ということかもしれないし、
「死にたいけど死ねない」という意味かもしれない。
又は「死にたい」では無く、本当の意味は「生きていたくない」かもしれません。
同じ意味じゃ無いんですよ、コレ。

「死を望む想い」では無く、「生きる事への絶望」の場合でもあるのです。

だから、即答で「生きていれば良いことある」とか、「そんなこと言っちゃダメ」とか、そういう事では無いんです。心情的にはつい言っちゃう気持ちはわかるけどね。

相手の方のそこから先の「想い」が行き着く道を信じてあげる事です。

100%全てが死にたいという方は居りません。
99.9%死にたくっても、0.01%は、生きたいという想いが必ずあります。


相反する上記2要素で成り立つ、「100%」に、魂で寄り添えるかどうかが重要なんです。

③自分の気持ち、湧き上がる感情の動きに敏感であること。
親しい人や、同じ体験をされた方の苦しい想いを聴いた時。
どうしても感情移入しやすくなって、自分の感情の発露となり、相手の想いを放り出して、過剰な共感や、先回りした想いの言葉になりやすいのです。

一見すると、「共感能力の高い方」のように見えますが、違和感に気づきますよ。
苦しい胸の内を話してくれた方の想いとサイズが違うんです。
それは、相手の心に寄り添っているように見せて、自分の心の未解決な部分が突っ走っちゃった状態と言えます。

まぁ、日常会話でも同じようなことがよくある話で、自分が話していたのに、違う人が乗っかってきて、話のイニシアチブを持ってかれたみたいな^^

色々と、細かい事を書きましたが、別にこれはカウンセリングに携わる方だけの話じゃありません。必ず守らなければいけないということでも無いし、ケースバイケースも有り得ます。

只ね。上に書いたことは、全て、下記に要約されます。

「静かに、穏やかに、相手の心に魂を傾け、優しく温かく寄り添う存在」であること。

難しい事は抜きにして。只、ひたすらにね。
相手を大切に想い、それを魂で感じながら、泣くのも、怒るのも、黙っていることも、
心底許せちゃう。

その全てを抱きしめるような、たまらなく愛しい想いで向き合えば良いんです。


もしも、難しく感じたならばね。
貴方の心の中にある相手はこうだと思い込んだ枠組み、又は、自分のことを決めつけた
枠組みがあるから不自由に感じちゃうんです。


今この瞬間、初めて会った初恋の人だと思えば良いね^^
どの道、いま、この瞬間は「その時」しかない訳ですから、間違いじゃないですよ^^
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