本物のカウンセリングって?

パパでございます^^ サザエさんのオープニングみたいですが。

遺言ですから、いつも「子供たちへ」という出だしなんですが、ブログですから、当然、子供たち以外の方にも縁があって、色んな方とお知り合いになる訳です。

でも、いつも「子供たちへ」と書くと、なんか、教祖様チックに思えてきて可笑しいやら、自分、バカみたいやらで、恥ずかしくなりましたw でもまぁ、確かに子供たちへの遺言目的ではありますので、皆様、どうか許してくださいませ^^

僕は子供たちにね、詳しい事を殆ど話したことはありません。
ざっくりとした事ならば、ママは知ってますね。話す僕がざっくりで、それを聞くママもパパと等しくざっくりだから、結果として、ざっくりとした事しか絶対に知られないというw

しかし、ご安心ください。
そもそも、子供たちもざっくりとしか興味有りませんのでw

改めて、子供たちに伝えるならば、パパはね。昔、とんでも無いいじめっ子でした。
人の心など考えもしない、言葉の暴力の塊だったかもしれません。
人の優しさや愛情等感じもしないし、そんなもの、お金にならないし、弱い者の幻想だと思ってました。ずる賢くて、直接手を汚さずに、純粋な仲間を利用したりね。10代の頃の話ね。今は、年月も経ち、若干成長してます^^



18歳の時、素敵な女性や、友人と出会い、今まで味わったことの無い、精神的な衝撃を受けたんです。あまりにも誠実で澄んだ心の人達との出会いに圧倒されました。

自分の小ささ、醜さ、身勝手で、自分さえ良ければという利己的な思い上がりが打ち砕かれたというか。人を支配して、力で愛情を得ようとしていた僕は、自分の弱さに真正面から気づかされました。

こんな、僕のような者でも、愛してくれる、信頼してくれる方がいるなんてと、どれほど涙を流したのか判りません。それからね、少しでも、罪滅ぼしをしたい、僕が出会った尊敬する友人や女性のように、本当の強い人になりたいと決心しました。

19歳の時、北海道カウンセリング協会を知り、そこから、多くの出会いがありました。尊敬する師とも出会い、偽りでは無く、本物の魂の関わりとはどういうことなのか? と学びを深めたい一心でした。

と書くと聞こえは良いですが、まぁ、罪滅ぼしをしたいのと、心のキレイな人になりたかっただけです。学びの動機はね。

その内ね。本物とは? 本当の生命の関わりとは?というところがいつも心にあって。
学術論文や人気だけの団体、形だけのカウンセリンググループにはうんざりしたのです。
いのちの電話にて、自殺をほのめかす希死念慮の高い時間帯にわざとシフトを入れてた時期ね。15年以上前の話かな。

口先だけの心理療法、カウンセリングごっこでは魂が震える感じが無いのです。

偉そうな理論と言葉遊びの団体よりも、「目の前のクライエント」に毎日向き合っている方、誰もがさじを投げたような方に、命がけで向き合っておられる本物のカウンセリングを学びたかったのです。その後、本物だと確信する長野県の先生に出会いました。

通常のワークショップやセミナーがどういうものかあまり判りませんが、少なくとも、僕が参加したものは、幾度となく自殺未遂をされた方、近親者を亡くされた方、不登校児の両親、精神病院から特別に参加を許された方、明日にも死を決意された方。何十年と家から一歩も出れなかった方、人生に絶望し、涙さえ失った方。余命数日の方等。他にも言葉にできない程の体験をされた方が沢山おりました。
※病名はどうでも良いので書きません。

そのような、心も魂も極限状態の方を目の前にして、何が話せるでしょう?
苦しくて苦しくて、息することさえ、1分1秒が地獄だと涙を流される方を前に。

お前など、生まれて来るんじゃなかったと言われ続けた子供さんに。
母親の愛情を得たくて、どんなに虐待されても感情を殺し、破裂しそうな心を我慢しそれでも母を愛そうと努める幼い心に、どんな想いを伝えられるでしょう?


以前ね。参加されていた小学校の校長先生に、パパは怒鳴ったことがありました。
又、数人のカウンセリンググループで、精神科の先生に呼ばれて、一緒に参加した時もありました。こっちのほうが、かなり怒った気がします。精神科の先生にね。

どちらもね、共通してるんです。
「貴方は**だから」「貴方の心はこうだから」「幼少期はなんたらかんたら」とか。
それが、そのように心に届く程、お互いに信頼し、柔軟に心を見つめ合える関係ならば
まだマシですけれど、全然、そんな次元じゃない。


見る見るうちにね、相談していた女性の体は強張り、消え入りそうな声で、「違うんです・・・」とやっとの思いで声にしても、そんなことは全く聞かず。苦しくて苦しくて、まるで針のむしろの上で、しかも、集団の目の前で追い詰められる訳です。

涙を流し、震えながら、それでも、乱暴な分析ごっこに対して、一生懸命に向き合おうと両手を強く握って耐えているんです。

自分の立派な講釈に酔っているのか判りませんが、校長先生も、精神科のドクターも、言葉で畳みかけるように追い詰めているのが、もう、腹立ってきて、我慢できなくなりました。又、周りの参加者もそうだそうだとそんな感じでね。

これのどこがカウンセリングだと? いいかげんにしてくれませんか!!
目の前の方を御覧なさいな。怖くて、震えていて、どんな気持ちであなた方の言葉を聴いているのか判りませんか?

この方の今の心を感じようともせず、聴こうともせず、あなた方の言葉はナイフのように切り付けるだけ。目の前のこの方に寄り添おうとしないならば、僕はこの場に居たくはありません!!
席を外させて頂きますね」


で、腹立って、席をはずそうと思ったんだけど、震えていた女性に袖を掴まれまして。
行かないでほしいと。はい、では残りますみたいな^^ ここは素直なんです、僕。

長くなっちゃったけど、何が言いたいかというとね。
巷のセミナーや、ワークショップ、又は、エンカウンターグループ等沢山ありますが、最も大切なのは、講義でも、自慢話でも、経験談でも、心理技法メソッドでもない。

お金を払って取ったうすっぺらな資格や、多少の感動体験を共有したいとか、出来るとか、そんな軽い次元では無い方が沢山いらっしゃるということです。

目の前の最も苦しまれている方が中心であり、心の機微さえ感じ取れない者は、人の魂(心)の仕事に携わる前に、自身の心をより深く見つめる事ですね。
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鍵コメさんへ

こんばんは^^ 鍵コメさん
こんな辺境のブログにお越し頂きありがとう
ございます。

こちらでも、リンクを張らせていただきますね。
今後とも、よろしくお願いいたします^^
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