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Mon.

「聴く」という事③

パパです。子供たちへ。
聴くという事②の続きです。話が飛んでいるけど、まぁそこは勘弁してね。
「聴く」ということをとても強調してきましたが、もう少し、大切な事を補足しますね。

①聴く時は、言葉の中の単語や、文節に捕われない。
一つ一つの言葉を抽出するような聴き方では無く、全体の心の流れを感じようと
努める事
です。言葉や単語、文節に耳を傾けたところで、言葉のあら捜しのようなもの。

全日本カウンセリング協議会のワーク等では、いちいち、同じ「言葉」に重点を置いて、
万が一、違う言葉を使おうものならきっぱりと訂正を求められます。
※同じ意味であってもね。僕的には、正直、そんなところはどうでも良い話です。

まぁ、初歩的なオウム返しのような印象ですが、勿論、意味はあるのでしょう。
同じ言葉を用いるならば、クライエントが解釈し、表現したものと全く同一に
共感しているような印象を作れますので。

つまり、「聴いてくれている」という印象ね。
でも、これは、「聴いている振り」の技術に過ぎず、苦しい想いの方が一番理解して
欲しいこと、感じてほしい想いと大きくずれる場合も有るんです。
クライエントが使った言葉は必ずしも、心中を的確に表現した言葉とは限らないのです。

出来る事ならば、自分の言葉で、その「意味」において、「そう、その通りです」と
実感して頂けるような言葉で伝えて下さいね。
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01:19 | 「聴く」という事 | comments (0) | edit | page top↑
Sat.

本物のカウンセリングって?

パパでございます^^ サザエさんのオープニングみたいですが。

遺言ですから、いつも「子供たちへ」という出だしなんですが、ブログですから、
当然、子供たち以外の方にも縁があって、色んな方とお知り合いになる訳です。

でも、いつも「子供たちへ」と書くと、なんか、教祖様チックに思えてきて
可笑しいやら、自分、バカみたいやらで、恥ずかしくなりましたw
でもまぁ、確かに子供たちへの遺言目的ではありますので、皆様、どうか許して
くださいませ^^

僕は子供たちにね、詳しい事を殆ど話したことはありません。
ざっくりとした事ならば、ママは知ってますね。話す僕がざっくりで、それを聞く
ママもパパと等しくざっくりだから、結果として、ざっくりとした事しか絶対に
知られないというw

しかし、ご安心ください。
そもそも、子供たちもざっくりとしか興味有りませんのでw

改めて、子供たちに伝えるならば、パパはね。昔、とんでも無いいじめっ子でした。
人の心など考えもしない、言葉の暴力の塊だったかもしれません。
人の優しさや愛情等感じもしないし、そんなもの、お金にならないし、弱い者の
幻想だと思ってました。ずる賢くて、直接手を汚さずに、純粋な仲間を利用したりね。
10代の頃の話ね。今は、年月も経ち、若干成長してます^^
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02:00 | 「聴く」という事 | comments (2) | edit | page top↑
Thu.

「聴く」という事②

パパです。
前回の続きですが、本当に深い苦しみの中にいらっしゃる方の「心」に魂を
傾けるならば、通常の会話リズムと大きく異なることをご理解ください。

簡単に言うと、ポン、ポンと、言葉が行き来する訳では無くて、「沈黙」が多くなり
ます。「沈黙」って、普通の会話ではあまり無いでしょ。

それは、場の雰囲気や、会話の流れを維持しようとしたり、沈黙に耐えられなく
なった方の不安によって、沈黙を打ち消しちゃったりするから。


「沈黙」は、黙っているだけで何も話していないと思うのは大きな間違い。
むしろ、「沈黙」の中に、本当の内なる会話が含まれている事が多いのです。

「沈黙」されている方の心の中では、言葉にならない胸の内を、一生懸命に、
心に照らし合わせております。魂に沿っているかどうかを、確認してるんです。


自分が黙っていることに耐えられなくなったからと言って、大切な「沈黙の声」を
遮らないで下さいね。沈黙の中で得たその方の声を聞く事が出来なくても、
それでも良いんです。
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04:10 | 「聴く」という事 | comments (4) | edit | page top↑
Wed.

「聴く」という事①

パパですよー。
子供たちよ。生きていれば、当然、悩み苦しみを君たちも経験するでしょう。
これからね、君たちにも沢山の出会いがあると思います。

通常の日常会話ならば、互いに意思を伝える大雑把なコミュニケーションであり、
そこに深い意味が無くても伝わるでしょうね。
勿論、話し手の意思を正確に受けているとは言えませんが。
ある程度の大雑把な推測で、判り合えるという事です。

でも、大切な人の、崩れてしまいそうな心の声に耳を傾ける時もあるでしょうね。
もしも、深い絶望の中で生きることに迷ってしまった人と出会ったならば、
どうか、パパの言葉を思い出してくださいね。

あまりにも深く傷つかれた方。
苦しい想いで、一言ずつ、絞り出すように語られる魂の言葉に対して、君たちは
どのような自分で在れるかな。


多くの方は、そこに深入りすることを恐れ、自分の経験談を押し付けたり、誰かの
良い話を持ち出したり、臨床心理系の本から抜き出したような言葉を並べます。
スピ系の方は、光とかオーラとか、引き寄せの法則、聖書の言葉とか。


それ自体は、何ら否定しませんが、相手の言葉の深み、苦しみの次元に沿っているか
どうかが問題
です。多少、決めつけたような書き方で申し訳ないけど、相手の言葉に
対して即答しているレベルじゃ、何も聴こえていませんね。
上っ面の言葉というキーワードを聞き流して反応している程度です。
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00:59 | 「聴く」という事 | comments (4) | edit | page top↑
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