パパンです。今回はかなり自己主観的・感覚的なことを書き残したいなと思いまして。
韓国ドラマのタイトルみたいな表題になっちゃいましたがw
意味不明と言われたら、ホント、そうかもしれません^^ でも、僕の中では正直に記したい気持ちが強くてね。何かの本や知識から、さも自分が知ったように書いているわけでは無く、只、ひたすらに「自分の中の声」に忠実でありたいと思っています。
唐突ですが、僕は学ぶことと、面白い事、思いっきり笑う事が大好きです。
何かを作り出したり、考案し、それを実現に向けて色々と迷ったり、悩んだりすること。
つまり何かを創造している時って本当に至福の時間なんです。実際的には時間など忘れていますし、意識もしないので、「時間」という観念も当てはまりません。
失敗したらどうしようとか、こうなれば良いなとか、期待も不安もあせりも特にありません。
心の衝動みたいな、お腹の中から湧き上がってくる躍動感のような「感じ」に、只、身を任せること、その一点だけに全力で頑張るのが本当に好きなんですよね。
好きだとしか表現出来ません^^ 僕の魂がダンスするような「喜び」だけなんです。
想像を伴う学びとは、記憶したり、論理的・実証主義的に辻褄の合う解釈で判ったつもりになるような、そういう学びでは無く、そういうのを一切辞めちゃった時の「学び」です。
情報や知識も大切で知的欲求を満たすものではありますが、本質的には「そこ」じゃ無いんですね。とっても感覚的・抽象的でわかりにくいですが^^
思考する、意識する中心を、「脳」では無く、「心臓あたり」や「自分の体の外側」のぼんやりとしたもの、輪郭は無く空気中に溶け込んだような大きな「殻」のようなところから強く促される「衝動」といいますか、「エネルギー」みたいな感じです。
そうすると、意識が果てしなく広がる感覚が伴います。
脳の神経回路イメージみたいな感じで、それが果てしなく広がり、世界の全てに繋がっており、電気シナプスのように光の玉が常に流れているイメージです。
それが、全ての事象、物質、五感に感じられないもの全てに無限の曲線で繋がっていて、全ての光の玉が躍動し、決してぶつかり合うことなく秩序付けられた美しさを感じます。
最近、何故か頭の中にそのイメージがよく出てきて、映像で繰り返されるんです。
でも、決して、心がどんよりと曇ったり、不安が想起されるようなものではありません。
むしろ、とても癒されますし、美しいなぁと見入っちゃいますね。秩序付けられた「美しさ」と書きましたが、その美しさが作られている法則性とは「愛」のように思います。
韓国ドラマのタイトルみたいな表題になっちゃいましたがw
意味不明と言われたら、ホント、そうかもしれません^^ でも、僕の中では正直に記したい気持ちが強くてね。何かの本や知識から、さも自分が知ったように書いているわけでは無く、只、ひたすらに「自分の中の声」に忠実でありたいと思っています。
唐突ですが、僕は学ぶことと、面白い事、思いっきり笑う事が大好きです。
何かを作り出したり、考案し、それを実現に向けて色々と迷ったり、悩んだりすること。
つまり何かを創造している時って本当に至福の時間なんです。実際的には時間など忘れていますし、意識もしないので、「時間」という観念も当てはまりません。
失敗したらどうしようとか、こうなれば良いなとか、期待も不安もあせりも特にありません。
心の衝動みたいな、お腹の中から湧き上がってくる躍動感のような「感じ」に、只、身を任せること、その一点だけに全力で頑張るのが本当に好きなんですよね。
好きだとしか表現出来ません^^ 僕の魂がダンスするような「喜び」だけなんです。
想像を伴う学びとは、記憶したり、論理的・実証主義的に辻褄の合う解釈で判ったつもりになるような、そういう学びでは無く、そういうのを一切辞めちゃった時の「学び」です。
情報や知識も大切で知的欲求を満たすものではありますが、本質的には「そこ」じゃ無いんですね。とっても感覚的・抽象的でわかりにくいですが^^
思考する、意識する中心を、「脳」では無く、「心臓あたり」や「自分の体の外側」のぼんやりとしたもの、輪郭は無く空気中に溶け込んだような大きな「殻」のようなところから強く促される「衝動」といいますか、「エネルギー」みたいな感じです。
そうすると、意識が果てしなく広がる感覚が伴います。
脳の神経回路イメージみたいな感じで、それが果てしなく広がり、世界の全てに繋がっており、電気シナプスのように光の玉が常に流れているイメージです。
それが、全ての事象、物質、五感に感じられないもの全てに無限の曲線で繋がっていて、全ての光の玉が躍動し、決してぶつかり合うことなく秩序付けられた美しさを感じます。
最近、何故か頭の中にそのイメージがよく出てきて、映像で繰り返されるんです。
でも、決して、心がどんよりと曇ったり、不安が想起されるようなものではありません。
むしろ、とても癒されますし、美しいなぁと見入っちゃいますね。秩序付けられた「美しさ」と書きましたが、その美しさが作られている法則性とは「愛」のように思います。