はじめに①

このブログは、表題通り、「遺言」です。
単身赴任で、子供たちや妻とも一緒にいられない時間が多くて、ごめんね。
もしも僕が側にいたとしても、大したことは何もできないかもしれない。それでも、迷ったり、苦しんだり、行き詰ったときに、一緒にね、泣いたり、笑ったり、時に怒ったり。

疎んじられても、そっけなくされても、それでもね。やはり貴方たちが大好きなんですよ。貴方たちが自分の嫌だなぁと思う側面あるでしょ。勿論、僕にも山ほどあります。良いカッコして見せていないだけで。又は、そう思ってるのは僕だけかもしれないけどね。
貴方たちが、自分の嫌な面、嫌いな面、苦手な面。それらもすべて含めて、たまらなく愛しいということです。

貴方たちに何も求めていないし、そんな気持ちもありません。只、何か力になってあげたい、それだけですね。でも、押しつけがましい行為や言葉、愛情を要求したりはしません。只、全ての機会は、必要な時に、必要なタイミングで、必要な学びとして訪れると確信しています。

故に、パパの言葉は遺言として、いつの日か笑って読んでほしい。
パパはバカだなぁってねwでも、ひとつだけお願いさせてね。
それは、下記の点だけは、大切に心に留めてほしいのです。

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はじめに②

[はじめに]というタイトルで長いったらありゃしない。
まあ、多めに見てください。慣れていないもので。「はじめに①」の続きです。

④この遺言ブログは「書くべき」「何か書かなきゃいけない」という時は更新しません。
つまり、書きたくなった時、何か文字として残したいと思った時に更新します。
もしかしたら、一週間、3週間、1か月とか1年更新しない時もあるかも。もしも何方か奇特な方が、コメントを残してくれたとしても、返事させて頂くかどうかも含めて、全て僕の気分次第です。人に何かを押し付けるのは嫌なのです。同時に、押し付けられるのもね。

本当の真実の学びというのは、専門書や宗教本、難解な哲学書、現象学、精神医学の参考書やえらい方、有名な方から授けてもらうものではありません。気づきのきっかけとして出会っているということです。

何に気づくか? というのは、覚えることでも、習慣を変えることでもありません。
思い出して、「ああ、これだ。そうなんだぁ」と心の中の「感じ」に辻褄が合うことです。
つまり、思い出すということですね。忘れていたのではなく、唯物的な幻想で作られた「思い込み」のベールが取り払われた時、気づきと言えますね。

でも、これがまた僕の場合は根深くて・・・。
又、「思い込みがある・無い」という思考にとらわれると、それ自体が思い込みにもなるわけで。まぁ、この辺りはまた今度、ゆっくりと書きますね。

死ぬという事

僕は君たちより、先に生まれました。
だから先に死んでしまうというのは、根拠のない思い込みみたいなものです。
パパなのか、ママなのか。又は、子供たちなのか。
昨日まで笑いあっていた同僚なのか、病に伏せている知り合いなのか。
誰がいつ死んでしまうのかは、誰にもわからないよね。

でもね、今、こうやってPCで言葉を残せるうちに記すならば・・・・。よく聞いてね。
僕は、親として、一人の人間として、嘘偽りを大切な皆さんに伝えるつもりは無い。その上でお伝えしますが、体は無くなっても「死なない」ので、そんなに悲しまないでねという事。

これね。今の僕はこんなこと書いてるけど、いざ、大切な皆さんの冷たくなった体を抱えていたらこんな落ち着いてはいられないかもしれない。僕はバカだったと時間が戻ることを願い、神をも恨み、罵るかもしれない。つまり、まだ確固たる確信とまでは到達していないので、不安もあります。
これが、パパの今の想いなんだよ。

それとは全く相反する料理を、勤勉なウェイターとして伝えたいと思います。
※↑この例えが判らなかったら、「はじめに①」「はじめに②」をお読みください。

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